年譜>その48 1980 /ヨシミツ
1980(昭和55)/52歳
〇劇場用アニメーション『火の鳥 2772』が「ラスベガス映画祭動画部門賞」を受賞する。
〇テレビアニメーション『鉄腕アトム』の新シリーズが、14年ぶりに放映される(10/1)。
この話は「コミックコンベンション」の渡米前に始まっていた。手塚治虫は、前回の「アトム」が、戦後民主主義の産物であるとか、機械文明の謳歌であるとか言われたのに対し、今回は、メッセージをはっきりしたものにしたい、と考えていた。今回のアトムは、正義の味方一本槍ではなく、ロボットとして生きていくために戦うとし、アトムの恒久的な敵としてアトラスを設定した。アトラスは悪の心を持つロボットとして、原作にも登場している。
シナリオは、海外にも出せるよう、日本人的お涙頂戴や日本人にしかわからないテーマを避けるよう留意された。また絵は大人の鑑賞にたえ、かつ子どもにもわかるものにすることがかかげられた。さらにアトムは小さく可愛らしく、背景はディテールまで描き込むようにという指示も出された。
チーフ・ディレクターに石黒昇氏を起用、音楽は三枝成彰氏と決まった。テーマ・ソングについては、以前のものを編曲して使うことになった。手塚治虫としてはテーマ・ソングについても新しいものを考えていたが、スタッフの意見で、そのように決まった。
〇『鉄腕アトム』(旧作)の中国放映をひかえ、中国を訪問する(11月)。アニメーション協会のメンバーと同行し、各地を視察した。手塚治虫は、この交流を戦前戦後を通じて初めてのことではないか、と言っている。
当時の中国のテレビ普及台数は800万台で、ほとんどが白黒テレビだった。
中国政府の要人との会見が行なわれ、中国版『鉄腕アトム』の声優のインタビューを受けた様子は、テレビ番組で紹介された。
また上海のアニメスタジオ「上海美術電彰制片廠」を見学した。この「上海美術電彰制片廠」は『ナーザ・ナオハイ(ナーザが海を騒がす)』、『牧笛』などの作品で有名で、戦争中1940(昭和15)年に作られた同スタジオ第一作『鉄扇公主〜西遊記』は東洋で初めての長編アニメーションだ、といわれている。日本でも、徳川夢声氏、岸井明氏らの吹き替えで公開された。
手塚治虫はこの『鉄扇公主〜西遊記』を見て、刺激を受け、『ぼくのそんごくう』/「漫画王」(1952(昭和27)2月〜1959(昭和34)3月)を描いている。当日は大歓迎を受け、『鉄扇公主〜西遊記』を手がけた萬兄弟とも会っている。手塚治虫は、萬兄弟のことを、中国アニメの父、中国のディズニーともいうべき人だ、と言っている。
〇『鉄腕アトム』が中国で放映される(12/7から毎日曜午後7時半から)。これはモノクロの旧作で、中国国営放送局・中央電子台から『鉄臂阿童木』というタイトルで放映された。キャッチフレーズは「具有十万馬力七大神力的少年机器人」であった。
『鉄腕アトム』の中国への輸出の話は「三京企画」の木村一郎氏からもたらされた。中国系代理店「向陽社」に第1話を見せたところ「好(ハオ)」ということだった。主役のアトムは、上海の美人女優さん、お茶の水博士は「茶水博士」と表記された。
ヨシミツ
年譜の付録。その48について。(略)
ヨシミツ
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