年譜>その52 1984 /ヨシミツ
1984(昭和59)/56歳
〇『陽だまりの樹』で第29回「小学館漫画賞(青年・一般向け部門)」を受賞する(3月)。授賞式当日、当の『陽だまりの樹』の執筆の追い込みをしていた。審査員の間では、手塚治虫に賞をおくるのは、かえって失礼ではないか、という声もあった。しかし手塚治虫は、受賞をたいへん喜んだという。
〇実験アニメーション『ジャンピング』が第6回「ザグレブ映画祭」のグランプリを受賞する(6月)。
この時、手塚治虫はスケジュールの都合で、ザグレブへは行けず、仕事場で執筆の最中であった。また国際アニメーション・フェスティバルで日本人がグランプリをとったのは初めてのことだった。
『ジャンピング』は、はずむ物体の視線で描かれた、一人称アニメで、はずんでいる物体そのものは描かれず、背景の動きで、それを表現するというもの。アニメーター小林準治氏は、手塚治虫の絵コンテをもとに、桶川ホンダエアポートから離陸する東京上空の遊覧飛行を利用するなど、パースの解析に腐心した。フィルムは、3/24に完成し、ザグレブに送られていた。
映画祭に出席した木下蓮三夫妻から、観客が大喜びで笑っていたという連絡を受け、作品のメッセージが通じたことに、喜びを感じていた。
〇実験アニメーション『ジャンピング』が「ユネスコ賞」を受賞する。
〇「日本テレビ」の「24時間テレビ」にテレビアニメーション『バギ』を発表する(8月)。
手塚治虫は、この『バギ』については、ノッて仕事が進められた、雑誌の仕事を放り出してもやってやるぞ、という気分になった、と言っている。
物書きというものは、ビル建築のようにいつも土台から徐々に固めていくのではなく、何かのヒラメキで、"パパパー"と、たちまち楼閣が出来上がってしまったりする。『バギ』の時のキッカケは、マネージャーに内緒で見に行った『スプラッシュ』という映画だった。この映画の人魚を見たとたん、俄然、マッチに火がついたように、『バギ』への情熱が燃え上がった。『スプラッシュ』が偉大な傑作という訳じゃなく「くそ、これなら、俺にもやれるぞ」というやる気を起こさせてくれた、と言っている。
〇国際交流基金の依頼でブラジルを訪問する(秋頃)。サンパウロ、マナウス、リオデジャネイロで講演をする。
またブラジルの著名な漫画家・マウリシオ=デ=ソーザ氏と会見する。マウリシオ氏は、"ブラジルのディズニー"とも呼ばれる人物で、彼の生んだキャラクター「モニカ」は、ブラジルの子どもから大人まで幅広いファンを持っている。また「モニカ」という名の雑誌は、ブラジル出版界で最大の部数を誇っている。
〇「手塚治虫漫画全集」全300巻が完結する(10/3)。最後の配本のうち『新宝島』は、すべて新たに描きおろされた。昔の『新宝島』は"描き版"であって、自分の絵ではないこと、ストーリーも、もともとのものに直し、現代の読者におもしろく読んでもらいたい、というのが手塚治虫の考えであった。
〇東京都心のホテルで「手塚治虫40年お礼の会」が開催される(11/16)。これは手塚治虫漫画家生活40周年を記念したもので、各界の来賓を迎えて開かれた。同時に40周年記念事業として、イタリアとの合作アニメ(RAIテレビと『IN THE BEGINNING』26本シリーズ。キツネが主人公)やミュージカル『火の鳥』などの発表があった。
手塚治虫は、あいさつの中で、あと40年は描き続けようと思っています、いつもハングリーな精神を大切にして、気持ちを引き締めて仕事をしていくつもりだ、と語った(要旨)。
またあいさつに立った作家・星新一氏は、手塚治虫の健康を気づかって、意志に反してあえて、この機会に充分な休養をとるよう、お勧めします、と語っている(要旨)。
〇ホテルでの仕事中、体調を崩して入院する。連載を休み、2ヵ月間の休養をとる。手塚治虫には胆石であると告げられた。
退院して、自宅で鏡の自分の顔をみて、老けた、と思ったという。そして、自分にとって仕事をすることは、自分の若さの証明であった、と悟った。その若さは肉体的・頭脳的・能力で、という訳でなく、自信というものだった。まだ駆出しだった頃、どんどん突っ走った、あの過剰気味の自信だ。入院中、仕事を離れていて、それを忘れてしまった。
作品が失敗して、連載を打ち切られたりしたこともあったが、自分の仕事は正しい、出版社や読者がわからないのだ、と勝手に解釈し、次の作品を見ていろ、と意地をはって新しい作品にぶつかった。たいていの仲間は、ある程度キャリアや技術が固まると、作品が老けこんでいく。自分はそうなりたくなかった。若くありたいために仕事を続けた。いや、仕事という"女房"に、若くあってほしいので、働き続けた。
働きバチ日本人の典型と言わば言え、自分は天下国家や会社・金のためではなく、常に次の仕事を考えているだけだ。
ヨシミツ
年譜の付録。その52について。(略)
ヨシミツ
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